長崎地方裁判所 昭和25年(ワ)338号 判決
原告 田川徳太郎
被告 九州無尽株式会社
一、主 文
原告が、昭和二十五年二月二十五日附で被告に対し、差入れた金員借用証書及び担保権設定証書に基く債務額金百万円とする債務のうち、金五十万円の債務の存在しないことを確認する。
被告は、原告に対し、原告所有の長崎市矢ノ平町七百四十番ノ三宅地百二十五坪及び同地上所在家屋番号同町第二百四番木造瓦葺二階建住家一棟建坪三十三坪外二階十坪につき、昭和二十五年二月二十五日受付第一、四二六号でされた同日附設定行為により、債権者被告から債務者長崎市大井手町三十二番地田川茂治に対する債権額金百万円弁済期昭和二十六年二月二十五日とする債権担保のための抵当権設定登記のうち、債権額金百万円とあるのを金五十万円に更正登記手続をしなければならない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、被告は、原告に対し、原告が昭和二十五年二月二十五日附で被告に対し差入れた金員借用証書及び担保権設定証書に基く債務額金百万円とする債務の存在しないことを確認しなければならない。被告は、原告に対し、原告所有の長崎市矢ノ平町七百四十番ノ三宅地百二十五坪及び同地上所在家屋番号同町第二百四番木造瓦葺二階建住家一棟建坪三十三坪外二階十坪につき、昭和二十五年二月二十五日受付第一、四二六号でされた同日附設定行為により債権者被告から債務者長崎市大井手町三十二番地田川茂治に対する債権額金百万円、弁済期昭和二十六年二月二十五日とする債権担保のための抵当権設定登記の抹消登記手続をしなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めると申し立て、その請求原因として、長崎市大井手町三十二番地訴外田川茂治は、昭和二十二年から被告会社の社員に採用され、同会社長崎支店勤務として奉職し、同二十五年一月頃まで在職したが、原告は、同訴外人の叔父に当る関係から、その就職に際し、同じく親戚である訴外大橋乙十郎とともに、茂治のために身元保証をし、その後二年毎にこれを更新し、二回目の更新を昭和二十四年七月二十二日行つた。ところが訴外田川茂治は、(一)昭和二十四年一月初旬頃から同年十月十六日頃までの間被告会社集金課長として在任中、同会社長崎支店で別紙<省略>第一表記載のとおり前後十五回に亘り月掛無尽の加入者である津田利喜太外二百八十三名から集金人横瀬亀吉が集金した無尽掛金を同人から或は自身直接受け取り、その合計金三十六万四百四十五円を業務上保管中、その頃長崎市内で勝手にこれを着服して横領し、(二)同年十一月四日頃から同二十五年一月中旬頃までの間計算課長として在任中、前同所で別紙第二表記載のとおり前後十三回に亘り月掛無尽加入者である上園好成外百十名から集金人横瀬亀吉外二名が集金した無尽掛金を同支店出納課に納入方を依頼されて受け取り、或は加入者から同支店集金課に交付方を依頼されて受け取り、その合計金八十二万三千九百七十円を保管中、その頃長崎市内で勝手にこれを着服して横領し、(三)同二十四年十二月二十八日頃前同所で無尽加入者である判木屋武夫から額面の記載してない同人名義の小切手を受け取り、額面欄に十万円と記入した上、右小切手が不渡である情を知りながら、同支店集金課窓口集金係浜田康雄に対し、その小切手が恰も不渡小切手でないものゝように装い、現金と交換して呉れと申し向けて同人をその旨誤信させ、因つて同人から即時同所で交換名義の下に現金十万円の交付を受けてこれを騙取し、(四)同二十五年一月四日頃前同所で無尽加入者である瀬良豊次郎から同人名義の額面記載のない小切手を受け取り、額面欄に十一万円と記入した上、右小切手が不渡である情を知りながら、前示浜田康雄に対し、その小切手が不渡小切手でないものゝように装い、現金と交換して呉れと申し向けて同人をその旨誤信させ、因つて同人から即時同所で交換名義の下に現金十一万円の交付を受けてこれを騙取した。
そうして、右の事実を知つた被告会社長崎支店関係者等は、うろたえて、直ちに原告及び共同保証人大橋に対しこれに対する弁償責任の確認を求めたが、原告等は、何分にも金額が莫大で到底支払能力がない上に、弁償責任の有無及びその範囲についても疑問があつたのでこれを拒絶したところ、同人等は、本店に対する自己の責任のび縫と被告会社の対外信用の動揺防止その他の関係から、一応急速に右横領関係等の被害弁償が行われ、その後始末が無事についたという形を取り繕うことを必要と認めたものゝようで、横領金等は総計百五十万円位に達するが、その内五十万円はまだ会社への入金になつていないものであるから、これは会社の被害から形式上除外することができる。そこで残りの被害金百万円につき一応本人茂治から借用証書を差し入れて、身元保証人である原告及び訴外大橋がその連帶保証をしたことにし、これが担保として、本人茂治の居住する市内大井手町三十二番地の宅地及び住宅に併せて原告所有の本件不動産につき抵当権を設定して貰い度い。これは、たゞ会社の部内整理の必要上、一応形式的に右のようにするだけであつて、実際に連帶保証を楯にして全額請求したり、抵当権の実行をしたりするようなことはしない。実際に幾何の範囲の損害を如何なる方法で弁償して貰うかは、追つて協議するから、この際一応調印して貰い度いと再三説得して来たので、原告としては、身元保証をしているという弱味もあつた上に、本人茂治は被告会社社長の近い姻戚でもあるから、出来たことは出来たことゝして、一応右のように被害を弁償した形にして置いて、本人茂治の刑事責任を幾分でも軽くして遣ろうという言わず語らずの会社の温情もあるものと考え、前述のような被告会社の言を信じて、その申出に応じ、同年二月二十四日所要書類とともに原告所有の印鑑を被告会社長崎支店次長川久保に交付した結果、同人は、右書類及び印鑑によつて翌二十五日附で、訴外田川茂治を借主とし、原告及び訴外大橋を連帶保証人とする会社に対する金百万円の借用証書(乙第一号証の一)並びにこれが担保のため、原告所有の本件土地家屋につき抵当権を設定する旨の証書を作成し、且つ同日右抵当権の設定登記手続をしたのであるが、その後被告会社は、共同担保とする約束であつた訴外田川茂治の土地家屋についての抵当権の設定を行わないばかりでなく、前示契約の趣旨に反して債務及び抵当権が真実に存在するものだと主張し、金利の支払を請求して止まないのである。
けれども、訴外田川茂治の前示(一)の行為については、その行為当時同訴外人は、集金課長であつたが、集金課の職務は、たゞ掛金の未收を調査し、これが督促集金を集金人に指令するだけであつて、集金人が集金した現金は、これを集金人においてその責任で出納課に納入し、(註、この意味で被告のような種類の事業会社における同種の集金人については、身元保証が特に厳密に行われ、時には一定額の保証金を要求し、又或会社では集金人を会社の使用人とせず、加入者の代理人とする等周到の注意が払われている)その納入伝票を集金課に提出し、帳簿整理を行うのにあり、直接集金人の集金を受け入れることは、集金課の職分にはなつていない。従つて、当時茂治が、集金人の集金した掛金を受け取つたのは、全く私的のものであつて、被告会社が正式に入金を受けたことにはならないから、茂治の横領費消による被害者は、各集金人であつて被告会社には損害はない筈である。仮にそうでなくして、被告会社における集金課長は、部下の集金人に集金を命ずると同時に、その集金を自ら受け入れる職務権限を与えられていたとするならば、右の様に、集金の指令と集金の受入とを同一人の権限内に置き、権限の分配を設けない制度自体にこの種の業務において常識になつている不文の原理に反する重大な欠陥があるものというべきであり、本件損害は、被告会社の斯様な重大な制度上の欠陥に基因するもの、すなわち被告会社の重大な過失に因るものであつて、原告は、これによつて生じた損害の保証の責を免れるものというべきである。(二)の行為については、当時茂治は、計算課長であつて、集金人の集金した掛金を受け取る職務権限は、計算課長の職務範囲外であり、従つて、集金人横瀬が、その集金した掛金を計算課長たる茂治に渡したのは、全く同人が私的にその納入方を依頼したものにすぎず、被告会社に対して正式に入金したことにはならない。その結果として、被告会社は、横瀬に対し(又は横瀬の会社における地位の如何によつては加入者に対し)、掛金未收としてこれが払込を請求する権利を有しているのであるから、本件の被害者は横瀬であつて被告会社ではなく、従つて、原告にはこれが保証責任はない。(三)及び(四)の行為については、これ等の行為は、茂治の業務の範囲内に属しないばかりでなく、前示小切手は、被告会社で当時取立に廻していたならば、振出人から任意支払われていた筈であり、少くとも所定期間内に呈示して支払の請求を行い、権利保全の処置をしていたならば、振出人である判木屋及び瀬良に支払の責任のあつた小切手であるのに、被告会社でこれを怠つたために無効になつたものである。すなわち、本件損害は、被告会社の右懈怠によつて発生したものに外ならないから、従つて、原告の保証責任の範囲外にある筋合である。
斯様な次第であるから、原告は、訴外茂治の横領費消につき、身元保証契約による損害賠償責任を有せず、従つて、この責任の存在することを前提として、締結された本件準消費貸借契約による債務をも負担しないのであるが、仮に以上の主張の全部又は一部が理由がなく、原告に右身元保証契約による損害賠償責任があるとしても、訴外茂治は、被告会社の社長大村恕の親近な姻戚に当るという縁故で被告会社に入社したもので、原告はその入社決定後たゞ単に形式をとゝのえる意味で身元保証契約書に調印したものにすぎず、茂治の当時の地位及び俸給等に比して、本件賠償額は甚しく過大であるばかりでなく、三十数年間一介の勤人として営々努力し、その汗の結晶としての本件不動産が唯一の財産であるという原告の資産状態に比しても亦余りに過大である。しかも本件損害の発生は、被告会社における使用人の監督に不充分なものがあつたことが重大な原因をなしている等諸般の事情により、原告の本件身元保証の責任は、身元保証に関する法律第五条の規定により、免除又は大幅に軽減されるべきものである。そうして、以上の立論は、前示契約書(乙第一号証の一)により、訴外田川茂治が、被告会社に対して負担すると称する損害賠償債務を準消費貸借に改めると同時に、原告及び訴外大橋も亦、身元保証契約により負担すると称する損害賠償債務を原債務としてこれを準消費貸借に改めたものであるということを前提としてされたのであるが、仮にそうではなくして、原告の本件債務が訴外茂治の準消費貸借による債務を保証する新な保証債務であるとしても、原告が斯様な保証をしたのは、訴外茂治の準消費貸借の原債務につき、身元保証契約による保証債務があると誤信したことによるものであるから、要素の錯誤により無効である。そこで、被告に対し、本訴請求に及んだ旨陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、訴外田川茂治が、昭和二十年十月二十二日から被告会社の書記として採用されて、同会社長崎支店に勤務し、同二十二年三月二十四日から出納課長、同二十三年六月十二日から集金課長兼務になり、同二十四年二月二十一日出納課長を免ぜられ、同年十月十七日から計算課長になり、引続き同二十五年三月十五日まで在職したこと、原告が右田川茂治の叔父に当る関係から同じく親戚である訴外大橋乙十郎とともに茂治の右就職に際し、同訴外人のために身元保証をし、昭和二十四年七月二十二日更めて訴外大橋とともに前同様の身元保証をしたこと、訴外田川茂治の妹が被告会社の取締役大村恕の長男(既に死亡)の妻であつたこと、同訴外人が原告主張のような(一)乃至(四)の横領及び詐欺を働いたのを含めて、昭和二十四年一月頃から同二十五年一月頃までの間に被告会社の無尽加入者から取り立てられた無尽掛金等合計金百四十五万八千四百十九円を勝手に費消横領等したこと及び被告会社が訴外茂治の横領等による被告会社に対する損害賠償債務の内金百万円について、同訴外人との間に原告主張の日時利息日歩三銭、弁済期昭和二十六年二月二十五日の定めで準消費貸借に引き直し、同日原告が訴外大橋とともに茂治の右借用金債務の連帶保証人になり、且つその債務の担保として、本件抵当権を設定したことは、いずれも認めるが、原告が斯様に人的物的の保証をしたのは、原告は、訴外茂治の叔父で、身元保証人であつて、同訴外人の右横領事件に対する刑事上の責任軽減の希望、自己の身元保証人としての責任感等諸般の事情に由来するのであつて、前示準消費貸借、保証及び抵当権設定は、いずれも適法に行われたものであり、その間些かのか疵も存在しない。更に、訴外茂治の消費金中、無尽掛金については、集金人が集金した掛金は、集金と同時に被告会社に入金になり、被告会社の金になるのであつて、集金人は、同会社の課長である訴外茂治の会社における地位を信頼し、被告会社で同訴外人に現金を交付し、同訴外人は、右の事情を知悉してこれを受け取り、保管中勝手に消費したのであるから、この場合、訴外茂治が被告会社に対して損害賠償の責任を有することはいうまでもなく、同訴外人が無尽加入者から直接に受け取つた掛金についても、このことは、同様である。又判木屋武夫及び瀬良豊次郎名義の小切手関係については、被告会社として、原告主張のような権利保全の処置をしていないことは相違ないが、この分も亦、訴外田川茂治は、被告会社で同会社の当該係員を欺いて同会社の社金を騙取し、会社に損害を与えているのであるから、同訴外人が賠償の責任を有することは明かである。その他原告の主張事実は、全部これを否認する。従つて、原告の本訴請求は失当である旨陳述した。<立証省略>
三、理 由
訴外田川茂治が、被告会社の社員に採用され、同会社長崎支店勤務として奉職していたことは、当事者間に争がなく、成立に争のない乙第二号証によると、同訴外人が斯様に採用されたのは、昭和二十年十月二十二日であり、その後同二十二年三月二十四日から同支店の出納課長、同二十三年六月十二日から集金課長兼務になり、同二十四年二月二十一日出納課長を免ぜられ、同年十月十七日計算課長になり、引続き同二十五年三月十五日まで在職したことが明かであり、原告が同訴外人の叔父に当る関係から、同じく親戚である訴外大橋乙十郎とともに茂治の右就職に際し、同訴外人のために身元保証をし、昭和二十四年七月二十二日改めて訴外大橋とともに前同様の身元保証をしたこと及び訴外田川茂治が原告主張のような(一)乃至(四)の横領及び詐欺を働いたことは、これ亦いずれも当事者間に争のないところである。
被告は、訴外茂治が右(一)乃至(四)の外にも、昭和二十四年一月頃から同二十五年一月頃までの間に、被告会社の無尽加入者から取り立てられた無尽掛金等を費消横領した分があり、全部を合計すると、金百四十五万八千四百十九円に達する旨主張するけれども、これを首肯すべき何等の証左も存しない。
そうして、成立に争のない乙第一号証の一乃至四、同乙第五号証、証人大橋乙十郎、三浦勝太、川久保亀吉、正司常雄の各証言に徴すると、訴外茂治が前認定のような横領及び詐欺を働いたので、被告会社が、同訴外人の右行為により損害賠償債権を取得したとして、その損害金の内金百万円について、同訴外人との間に原告主張の日時利息日歩三銭、弁済期昭和二十六年二月二十五日の定めで、準消費貸借に引き直し、同日原告が訴外大橋とともに、茂治の右借用金債務の連帶保証人になり、且つその債務の担保として、本件抵当権設定登記手続をしたことを知ることができる。これに対して、原告は、右乙第一号証の一の契約は、訴外茂治の被告会社に対する不法行為上の損害賠償債務及びこれと連帶債務の関係にある原告及び訴外大橋の身元保証による損害賠償債務の三者を同時に一括して準消費貸借に改めたものであつて、訴外茂治の損害賠償債務を準消費貸借に改めたものにつき、原告等が単純な連帶保証をしたものではない旨主張するけれども、原告本人田川徳太郎の供述その他原告の全立証によつても、これを認め難い。
次に、原告は、仮に原告の本件債務が、茂治の準消費貸借による債務を担保する新な保証債務であるとしても、原告が右保証債務を負担したのは、該準消費貸借の原債務につき、身元保証契約による保証債務が真実存しないにもかゝわらず、恰もそれが存するもののように誤信したことによるものであるから、要素の錯誤により無効である旨主張するのでその前提として、進んで、訴外茂治の前示(一)乃至(四)の行為が、果して原告主張のように被告会社に対する不法行為を構成せず、従つて、原告等には、身元保証人として、何等の責任もないのかどうかについて考察する必要がある。この点について、訴外茂治が、前示(一)の行為当時集金課長であり、(二)の行為当時計算課長であつたことは、前に認定したとおりであり、証人三浦勝太、草刈克己の各証言によると、成程被告会社長崎支店集金課の職務は、原告の主張するように、主として無尽掛金集金カードの整理、同掛金の受入状況等の調査であり、集金人が集金した現金は、これを集金人において、その責任で出納課に納入し、その納入伝票及び集計表を集金課に提出し、帳簿整理を行うにあり、直接集金人の集金を受けることは、集金課の職務範囲外に属すること、又計算課の職務は、日常の取引に関する帳簿、記録、集計表の作成等であり、全然現金を取り扱わないことが認められるけれども、更に成立に争のない甲第二、三号証、証人三浦勝太、草刈克己、川久保亀吉、田川茂治の各証言を綜合すると、集金課では、無尽加入者が直接掛金を持参した場合は、係員がこれを窓口で受け取り、加入者所持の通帳に会社の領收印を押印した上、納入伝票及びその集計表を作成し、これを現金に添えて出納課に廻すことになつており又集金人の集金した分についても、その集金の都度加入者の通帳に会社の領收印を押印して掛金を受け取り、前述のような手順を経て出納課に掛金を廻すのであるが、以上いずれの場合にも、会社の領收印を押印して掛金を受け取ることによつて、被告会社が正式に掛込を受けたことになり、爾後右掛金は、被告会社の社金たる性質を有するに至るのであり、訴外田川茂治は、前示(一)、(二)のように無尽加入者が掛金を持参して、同人等から納入方を依頼された際、正規の叙上領收手続を経て金員を受け取り、又集金人横瀬亀吉等が同様の手続を経て集金して来た掛金を受け取つてこれを着服横領し、(三)、(四)のように集金係浜田康雄を欺いて、交換名義の下に被告会社の社金を騙取したものであることを是認するのに充分であつて、原告の全立証によつてもこれを覆すのに足らない。そうだとすると、訴外茂治の右行為はそれが同人の職務権限内に属すると否とを問わず、被告会社に対する不法行為を構成し、同訴外人は、これによつて生じた損害を被告会社に賠償すべき責任を負担するものというべきであり、更に、成立に争のない乙第三号証の記載に身元保証に関する法律の規定を参酌して考えると、原告等のした身元保証は、単に本人たる使用者田川茂治が、その職務権限内で犯した不法行為により使用者たる被告会社に被らせた損害賠償責任だけに限らず、本件のように被告会社との間における雇傭関係を前提として、同会社の社員たる資格を悪用して犯した不法行為による夫をも広く保証する趣旨に出でたものと判定するのが至当であるから、原告等には、身元保証人として特段の事由の存在しない限り、訴外茂治の損害賠償債務を履行すべき責任があることは、少しも疑を容れないところである。
とはいゝながら、裁判所が、身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるについては、身元保証に関する法律第五条の規定により、同条所定の事情を斟酌することを要するので、次に進んで、この点について按ずるのに、(一)証人田川茂治、大橋乙十郎の各証言、証人草刈克己の証言の一部、原告本人田川徳太郎の供述によると、訴外茂治が被告会社の社員に採用されたのは、その妹が同会社における当時の専務取締役大村恕の長男に嫁していた縁故で、同取締役が口を利いて呉れたからであり、原告は、たゞ訴外茂治の入社決定後、被告会社々則の要求するところに従い、同訴外人のために身元保証契約書に調印したものにすぎないこと、それだからこそ、当時原告の信用状態についての被告会社の調査も行われておらず、原告の右身元保証は、被告会社にとり、必ずしも左程重要視されていなかつたことがうかゞわれること、(二)被告会社の事務処理につき、無尽加入者が掛金を会社に持参した場合には、集金課窓口係が前陳のとおりこれを受け取るのであるが、その際窓口係は、当該加入者所持の通帳に会社の領收印を押印しながら、その通帳、会社の集金帳、同台帳の間に契印をしないことになつており、又集金人が掛金を集金して来た際、偶々出納課に多数の先客が立て込んでいるような場合には、他課の課長等に掛金を預けて納入して貰つたり、無尽加入者が掛金を会社に持参して顔馴染の課長等に同様掛金の納入方を依頼したり等することが従来屡々行われており、その間掛金をごまかすことのできる余地のあることは、予て被告会社でもこれを了知していたことは証人三浦勝太、草刈克己の各証言からも推認することができるから、被告会社としては、斯様な不正の行われないように常に監督を厳重にしなければならないにもかゝわらず、既に認定したところからも判るとおり、訴外茂治を信用して、出納、集金及び計算の各課長に順次抜てきし、比較的重要な社務を担当させたばかりでなく、同訴外人が斯様な掛金納入に関する不備欠陥に乗じ、その地位を利用して、約一年間に亘り(尤も同訴外人の本件不法行為は、主として昭和二十四年十一、二月頃に行われているとはいえ、その他の時期においても毎月少くない金額の損害を生じさせている)、不法行為を敢行することを得させたのは、同訴外人に対する監督につき、被告会社に過失があつたものと断定しなければならないこと、(三)証人田川正徳の証言、原告本人田川徳太郎の供述によると、原告は、四十四年間三菱造船所に工師として勤務していたが、老齢のため、終戦後退職し、その際退職金若干を貰つたけれども既にそれも使い果して現在無職無收入であり、三男の得る月收金八千円位で一家七名が活計を立てゝおり、資産としても、永年苦心して給料の一部を貯えた金員で建築した汗の結晶ともいうべき本件抵当不動産を除いては、これという目ぼしいものとてないことを看取するに難くないのであつて、原告のこの資産收入状態に比するときは、本件賠償額は余りにも過大であること等を彼是考え合わせると、原告の身元保証人としての損害賠償の責任及び金額は、金五十万円の限度において認めるのがまことに相当である。
そうだとすると、原告が、訴外茂治の準消費貸借上の債務につき、連帶保証をしたのは、該準消費貸借の原債務につき、身元保証契約による賠償債務が実在するものと信じたのによることは、原告本人田川徳太郎の供述によりこれを推知することができるのに実際には、原告の右賠償債務は、単に金五十万円の限度においてだけ存在するにすぎないのであるから、原告がこの限度を超えて債務が実在するものゝように誤信して、連帶保証をしたのについては、その間意思表示の要素に錯誤が存在したものというべきであり、従つて、原告の本件連帶保証債務は、たゞ右の限度においてだけ有効に成立したのにすぎず、これを超える部分は、ついに発効するに由なきものと認定すべきである。
果してそうだとすると、原告の本訴請求中、金五十万円を超える連帶保証債務の不存在の確認及び抵当権設定登記の内債権額金百万円とあるのを金五十万円に更正登記手続を求める部分は、相当として認容すべきであるが、これを超える部分は、所詮排斥を免れないから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条を適用し、主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 林善助)